酔族館回想録 其之五


酔族館といえば作演出はスッポン太郎!のイメージが強いかと思いますが、執筆、演出をしたのは彼だけではございません。
実は私、笹原にしきもちょろっと書いています。
今回は作演出をした「鱗」の話をしますね。
「鱗」は私の趣味丸出しの和風ホラー。田舎の日本家屋に住むふたりの女、舞台中央にはいわくありげな古井戸。
ラストシーンはその古井戸から沢山の手が現れ蠢く中、主人公の「さぁお前たち、出ておいで」というセリフで締めくくられます。面白そうじゃんか、面白かったよ!
そのラストシーンの蠢く手のために、袖から複数人が出入りできるように井戸は上げ底になってます。そして蠢く手と同時にドライアイスをじわじわ噴出。あぁ、ホラー演出バッチリ!
……えー、ところで、みなさん。二酸化炭素って重いって知ってましたか…。
舞台袖からジャバラで引っ張って噴出させたドライアイスの煙は、井戸の外に出ていく以上に、自重により舞台下に溜まり、手タレの人々を直撃しました。
ゲネ(本番直前リハーサル)。
手タレをやってくれていた先輩女優さんが、幕が降りる前に咳き込みながら井戸から飛び出してきました。
「ごめん、目の裏チカチカしだして、ホントにヤバイと思って、袖も遠くて、もう、ほんとごめん」
芝居を止めてしまったことを、ゲホゲホ言いながら謝ってきます。
いや、もうそれ、マジで舞台としてヤバイから。こちらこそごめんなさい。
あー、これはもうドライアイスを諦めるかー、しゃぁないなぁ…。
「じゃぁ、手タレは男だけでするかー、手の空いてる奴おるかー」
演出家の私が断念宣言をするより早く、現場マンが動き出します。
おおお、待って待って!命の危機を感じた人がいたんですが!
「まぁ、男やったら大丈夫やろ。演出家のイメージ通りの舞台にしようや」
!!!
なんという芝居魂(涙)。
〝イメージは細い女性の手の蠢きです。おっさんの手ではありません〟という言葉を飲み込み、私は純粋に感謝しました。
「でも決して無理しないでください。ヤバイと思ったら袖に帰ってください。袖に帰ってください。袖に帰る余力は常に持っててください…」
不安要素を残しつつも幕は開きました。
手タレの男性陣は舞台下の酸素不足を、頑強な体と不屈の芝居魂で耐えてくださいました。
今でも、本当に感謝しています。
そして千秋楽。最終公演。
……なんかね、余ってたらしいんですよ。ドライアイスががががが。
そして、大量のドライアイスはカンカンの熱湯をかけられ、爆発音とともに天井にまで届く煙を大噴出させました。あまりの煙量に蠢く手は全く見えません。
操作室にいた人々はそれを真正面から目撃し、「死人でてるで…」と思ったそうです。
袖に控えていた私は顔面蒼白のまま、なすすべもなく立ち尽くしていました…。
まぁ大丈夫だったから、今回旗降ろし公演とあいなったわけですが。
(筆者:笹原にしき)
第12回公演『鱗』
作/演出:笹原にしき
1994年2月 スペースゼロ


